低気圧が来たり、気圧の高い所、光、疲労などの原因で
ワタシは、頭が痛くなります。
早めに薬を飲まないとえらいことになります。
薬がなかったら、ワタシは何もできないでしょう。
薬ってスゴイ発明です。
:::::::::::::::::::::::
いつも週末は、TUTAYAにいってDVDを借りるんですが
この前、「DOUBT ダウト」を見ました。
→
こちら
メリル・ストリープが好きですが、シスター役で出ています。
内容を抜粋すると、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1964年のニューヨーク。ブロンクスにあるカトリック学校
セント・ニコラス・スクールでは、校長のシスター・アロイシスが
厳格な指導を信条に日々職務を果たしていた。
一方、生徒の人気を集めるフリン神父は、ストイックな因習を排し
進歩的で開かれた教会を目指していた。
しかし、唯一の黒人生徒ドナルドと不適切な関係にあるのではないか
という疑惑が持ち上がり、シスター・アロイシスによる執拗な
追及が始まるのだった…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな感じなんですが、これがなかなかおもしろかった。
上手くこの世の病理を描きだしてるな〜
と感心しながら見ていました。
これ、iroとも見ていたんですね。
iroは、字幕が読めないので英語とその情景で判断する
しかないわけですが、
メリル・ストリープを演ずる厳しい顔をしたシスター・アイロス
をみて、
「この人、恐い、嫌い」と言いました。
んだ、んだ。見た目はね。
確かに、恐い。
けれど、恐い人だからといって
悪い人だとは限らない。
逆に、優しい顔・態度の人が
良い人だとは限らない。
そこを、見間違うととんでもないことになる。
なので、ワタシはiroに上記のように伝えました。
iroは、いつものごとく
神妙な顔をして聴いていました。
が、わかったかは???
でも、今はわかんなくてもいいと思うのです。
::::::::::::::::::::::::::::
ワタシは、
悪く見える人が、悪いというのは避けようもあるけれど
善良に見える人が、実は悪い人だった
という方が、罪が重いと思っています。
この牧師のように。
頭のいい人は、知識で知識のない人を騙すこともあります。
特に、疑う目をもたない子どもなんてコロっとだまされる
可能性も高いです。この映画では、もっと事態は複雑で
もう、この辺りになると哲学の世界に入っていきます。
余談ですが、栃木の幼児の殺人者はまだ、捕まってないですが
犯人像のプロファイルは、おそらく子どもに警戒心を
もたせない、すぐ仲良くなれるようなテクニックをもっている
人物だとされています。
iroも、このシスターを見たとき、恐いといいました。
でも、恐いという人には対応ができるけれど、信頼している人に
対しては無防備です。そこに、付け入られることに対して
ワタシ達は、子どもに何が伝えられるのでしょうか?
それは、よく物事を
「見る」ということだとワタシは
思っています。
何の
付属品もとっぱらって見る努力をしてみる。
この映画で言えば牧師という肩書、それから、表上の優しい態度や言動etc。。。。
が良い人だという思い込みを横に置いて、よくその人自身を見るということ。
それを、親が身をもって教えることだと思いますが
いやはや、なかなか難しいですね^^;
:::::::::::::::::::::::::::::
しかしながら、ややこしいのが
人を疑うことは良くない。。。。
善良な良い人ほど、そう思っています。
映画でも、そのことが描かれています。
若いシスターもそうでした。
そして、事実を直視することは怖いことでもあります。
だれでも穏便にすましたい。。。。めんどうなことには
巻き込まれたくない。
シスターという神に仕えるものとして
人を疑うということは神から遠ざかることでもあります。
メリル・ストリープことシスター・アイロス
も葛藤し苦悩していたことが最後によく描かれています。
けれど、子どもを守るため、良くないことを正すには、
神から遠ざかることもある。
確固とした、信念をもってシスター・アイロスは
牧師に挑みました。
しかし、牧師は皮肉にも・・・・・(ここは、内緒にしておきます)
世の中、矛盾に満ちています。混沌の中で、自分が正しいと
思ったことを突き通せる強さを持ちたい。。。。
子ども達の
いじめの問題も、周りの傍観者
の態度が解決のカギになるという研究データーもあります。
当事者だけの問題ではないんですね。
そういうことも、家庭で教えていけたらと思います。
一人の力は小さくても、たくさん集まったら強いパワーになります。
アウシュビッツに入れられた心理学者のフランクルが
「夜と霧」の中で
ナチスに所属する人間のみがそうではなく、人間の善意と悪意は、
あらゆる人間に見られるのであるというようなことを述べてます。
囚人の中にも酷い人はいたし、ナチスの中にも善良な人はいた。
トップに立つ人、人を取りまとめる人は
善良であってほしい。そして、サバイバルできる人であってほしい。
そういう人を、ワタシ達は選べる目を養う必要があるのかもしれません。
メディア・リテラシーという言葉がありますが、情報の中で
何が必要なのか、何が真偽なのか。。。。
判断材料は昔よりもたくさんもっていますが、それを見抜く目
を子どもに伝えていく必要があると思うのですがいかがでしょう?
すごく長くなってしまいましたが、
今日も長文読んでくれてありがとう^^
::::::::::::::::::::::::::::
iromaが受講してるチル大、興味のある方はどうぞ!
お子さんの一人一人の能力を輝かせるヒントが学べます。
詳しくしりたい方はこちら →
こちら
まずは、メールでご相談でもかまいませんよ〜♪
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
楽しそうなので参加してます^^
↓ よかったら、ポッチお願いします。
この記事へのコメント一覧